つだの声 

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記念講演「今こそ、格差社会から活力ある福祉社会へ」笹森 清さん

記念講演 労働者福祉中央協議会会長・元日本労働組合総連合会会長の 笹森 清さん
「今こそ、格差社会から活力ある福祉社会へ」
            ~人と暮らし、環境に優しい福祉社会の実現を目指して~で
                                  【まとめ 津田加代子】
プロフィール  1940年生まれ、
1960年東京電力入社、
1991年東京電力労組委員長をスタートとし、
現在に至る。

講演要旨<1> 歴史を紐解くことから、
 1、1945年~
  ①GHQの日本国家改造計画と民主化5大政策
    象徴天皇・新憲法発布・財閥解体・農地改革              と
   「経営の民営化」「人権の回復」「教育の自由化」「女性の権利拡大=参政権」「勤勉な労働力」
   日本人の勤勉さをこの時に見抜いたGHQは、『労働組合結成奨励策』を持ち込む。
     12月 労働組合法施行 この時の組織率は、55.7%(現在は18.2%に落ち込む)
     1年後 トラブルの解決にと『労働関係調整法』
     45年  『労働基準法』   この労働3法ができる。
    つまりは組合結成は、アメリカの指導によるもの。
     3月31日 教育基本法施行・・・・思えば憲法よりも早くに施行されている。
     5月3日 新憲法施行
  ②55年体制・・・・政治体制 春闘・生産性向上運動
    1955年3月1日 製品をつくり、職場を増やし、雇用拡大し、資源のない日本が国際競争に勝つために。生産性の3原則・・・労使の関係は話し合いで。
                            ・首切りはしない。   
                            ・公正な成果配分【経営者労働者消費者】

  ③60年・・・安保闘争・三井三池闘争(企業別労働組合の内部抗争=民主化闘争)

 2、1970年~
  ①欧米に追いつけ、追い越せ・・・高度経済成長・インフレ経済・高物価
  ②政・労・使の協力・日本的労組関係・・・・・三種の神器
                        (終身雇用・年功序列賃金・企業別労働組合)
 3、1990年~失われた10年
  ①政治・・・単独政権~連立政権
  ②経済・・・インフレ経済~デフレ経済
  ③労働・・・労働4団体~連合労働組合
  ④国際競争・・・コストカット・リストラ
  ⑤構造改革・・・強者の論理・
  ⑥規制改革・・・アメリカから年次改革要望書・経済的規制と社会的規制
     1993年クリントン・宮沢会談・・・郵政民営化も含めてアメリカ方示唆されていたこと。
  ⑦労使関係・・・日本型資本主義、分配構造の変化

    預貯金なし 23.1%
      しかしながら預貯金の平均額は、1620万円、この差は何!!
<2>2001年から
1、 社会変化
① 一億中流家庭~格差社会
② 少子・高齢化・人口減少社会
③ 各種法改正
④ 労使関係の改革
⑤ 働き方・暮らし方・生き方の改革 ⇒ システム・ルールの改革
 2、4つの社会変化・6つの労働力・目指す社会
   グローバル化・少子高齢化・情報化・循環型化 
   高齢者・女性・障がい者・新卒・外国人労働者(移民労働者)・現役=非正規雇用

   政治・経営・労働のトライアングル
<3>社会の担い手として
 1、4つの労働運動・・・共感のえられる運動
 2、地域社会との共存・共生
  ①安全神話の崩壊した地域社会
  ②市民セクター、社会セクターの一員として・・・政治・経済・労働の役割
  ③地域活動が焦点・・・職域から地域へ<4>国の基本政策   


40歳以下とそれ以上の世代 その違いがどこから???
・労働4団体があったかなかったか・・・総評がなくなって18年がたつ
・ 「働くということ」は「生きること」
・ 「儲かることなら何でも・・・ 」
「労働時間の観点も感覚もない。」
「この人は私の才能を買ってくれている、しかし私はすぐに才能を抜きますよ。」
このような時代の寵児たち、もうかることなら何でもやる。
・ 世の中に怖いものなし。
「地震・雷・火事・親父」の感覚なし。
「おまわりさんが来るよ、・・」「先生に言いつけるよ、・・」「お父さんに言うよ・・・」これらは、「Allways3丁目の夕日」の世界。
・ ダーゲットを決めていけにえにしていく。
公務員特に学校の先生が集中的に痛めつけられている今。
・ 健全に育つには、教育の現場しかない。地域との協働をどうするのか
自立と共生、福田総理がいったが、これをつなぐもの連帯が必要であって、これは今まさにこの研究集会のテーマである。
<感想>すごい分析を、わかりやすく語っていった方と思えた。終わって後フーーーと一息をした感
じ。講演をするときには必ず歴史から入るとおっしゃった意味が良くわかった。
  労働運動は今、かなりしんどいときに当たっている。未組織の労働者が多く、組合のないことにも違和感を感じていないようにも私も思う。格差社会の中で、時代の寵児と見ている彼ら自身の生き方そのものに、私は違和感を感じている一人ですが、もうかりゃエエという感覚が???
 これをしつづけていると、人と人がつながってこないと思うのです。つながらなかったら、したいこともできないのではないのかと思うのです。また一人でいきられる環境ではなくなってきています。それなのに地域でのお互いをむすんできた力がなくなりかけているといわれています。危機感をも感じます。私は、60歳、「時代の寵児」といわれている世代とは違つた感覚を持っているのですが、このところをどのように打開していくのか、既存の「組合」「つながり」で間に合わなくなったという分析を真摯に捕らえながら、「集まってこその価値」をひとつの尺度としてある以上、その集まる中味をとわれているのでしょうか。力合わせをしてこその感覚をもっともっとお互いが知り、持ち続けていくことが肝心かと思います。そのための働きかけ、何を題材にしていくのか、とわれています。

  共感のえられる運動を組織していく中でこそ、充実してくるものかと思います。そういったうねりを起こしていくためにも奇しくもこの日の午後からのシンポジウムで披露された
 『教育』=『今日 行く』といったことから思うのですが、
 現実をしっかり見つめること、そこからの発信しかないかと思いのです。
 高齢者の生活・障がい者の生活・アルバイト労働者の生活・女性の労働力など6つの労働力といわれたこの部分の事実・実態を知ることからと思うものです。そしてつないでいくことかと思うのです。

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 『子どもの育ちを考えるシンポジウム』

第57次兵庫教育研究集会「ひょうご教育フェスティバル」 記念事業
  『子どもの育ちを考えるシンポジウム』
 ――響きあい「子どもの力」をはぐくむ~不登校に関わる大人のまなざしから~ 

       とき     2007年11月10日(土)14:00~17:00
        ところ    芦屋市立打出浜小学校 体育館

       主催 兵庫教育文化研究所・兵庫県教職員組合
(財)こども教育支援財団・(財)総合教育研究財団 
                           

 《参加してのまとめ  津田加代子》

1部 不登校にかかわる保護者と教員の体験発表
2部 響きあい、「子どもの力」をはぐくむ、大人のかかわりを語り合う

《まとめ》保護者の体験から


(1) 当初 こどもへのいかり・将来の不安、あせり・力で立ち向う(包丁を握っての立ち向かい)
      娘に関わり過ぎたことへの反省・息子の将来のためと干渉しすぎたことを思い返す。
(2) 悟り 「私が悪かったかもしれない。」・・・・自分自身への後悔
(3) 『元気の泉』相談
・ すぐに解決はできずに、こちらでメンタルサポートを数回受ける。
・ カウンセリング数回受ける。(子どものいいところを見つけること。あせらなくてもいい。可能性がある。父親が一生懸命の姿)・・・「大丈夫だ」の発信。
(4) ふりかえり
・ ほめてやること少なかったなあ
・ 「元気であれば何とかなるよ」の妻の言葉
・ しかし治らないのではないかの不安もよぎる。
・ 『子どもの良い面を見ていこう。中学に行かなくてもいい、選択肢はある。』と思えたメンタルサポーターとの出会い。
(5) サポーターの言葉『家庭訪問していい??』と問われ、子どもへの手紙・電話での働きかけ。
(6) 息子の了承も得られた。・・・・・・数ヵ月後に家族以外の人と会うことができた。
(7) メンタルサポーターの大学生との出会い
(8) 朝3時からの父親との魚釣り
(9) 中学3年生で、メンタルサポーターとの別れ、引き続き違うメンタルサポーターが欲しいと息子が要望。
(10) はじめて『元気の泉』に行く・・・・・週1回午前中がやっと。同年齢の人とのかかわり。自らの目標をここで見つけた。

 中学時代一日も登校できなかった。
 きっかけは、顧問の先生の対応に納得いかずに欠席となる。・・・部活中でのいじめ・・しかし顧
問は、電話一本よこさなかった、家庭訪問にも来ず。
 1年から2年への引継ぎもうまくされず。あせりと腹立たしさ、荒れていた時期。
       このような時期での家庭訪問は、学校から見捨てられていないという親の感じ方。
 3年、卒業式にも出ず。『元気の泉』に校長が訪問。・・・・見捨てられていない感。
 <変わらない子どもを変えようとするよりも自分のできることをまずはしていこう>という気持
ちをカウンセリングから得た。
今回の発表で、子どもは有難うといっていう気持ちを持っていてくれているし、夫婦で力を合わせ
ていかないとやれない。今は高校から大学に指定校推薦を受けて親元を離れようとしている。

《まとめ》 小学校教員・・・芦屋市の適応教室担当・・・の立場から
不登校生のことでは、①感性の鋭さ
          ②触れ合うことにうえている。心のそこから求めている。
                 ・・・・卓球を通じてのふれあいに発展
         ③選択権は子どもにある。<選択できるように自身をつけていく>
         ④同じ思いをした、共有した不登校生がいて、よりそう大人の存在がある。
         ⑤適応教室がなくなればいいなと思う。(注:必要なくなるような学校にな
ればいいなあ)
   「教育」=「今日 行く」・・・・家庭訪問を意味している。
 <質問して、わかったこと>
   退職した校長先生が、適応教室の運営をしていた時期があったが、10年来、不登校生が増えはじめていたこと、保護者の思いがまちまちであること、また一人で持ち込んでいく教員が多く、結果つぶれていく教員の姿も出始めていること、そこでチームでの解決をと示してきた。特別支援コーディネーターのような存在がいる。
そんな展開の中で、ある時期から芦屋では、現場の教員が「適応教室」の担当(正規教員・ひとり)となり、サポートしてくれる担当とともに、方針をだし、学校現場と連絡を取っていき不登校生を減らしてくというものである。先ずは1年生時が要注意。

 このような取り組みを芦屋では、現在当初の方向とは少し違った方向性を打ち出しながら進めてきている。
ここ川西の適応教室『セオリア』との違いに驚くこともあるので、直接訪問して話をうかがいたいとお願いをした。

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